場所と日時が同じイベントを2つつくってしまったり、少しだけ名称の書き方が異なるが、実際は同じスポットだというように、すでに存在している
このところ「カフェ」について考える(デザインする)ワークショップを続けている。カフェのしゃれたインテリアや建築をつくろうというのではない。カフェを、ヒトとヒトが出会うコミュニケーションの場と捉え、街にあってはミニマルだが自由なな公共空間と考えよう、というもの。コーヒーやアルコールは、ヒトとヒトが出会う媒介。あるいはひとりであってもよい、かなり長い時間雑踏の街の中にあってくつろぎと思索のための空間を確保できる場所である。
ムサビ(武蔵野美術大学建築学科4年前期課題)にあっては、街の中にこのような空間を発見し、いごこちのよいスペースをその場所のエレメントやマテリアルで再構成し、それを原寸の矩計図面としてつくりあげる、という課題。
一昨日から、1週間ですすめているのは岡山県立大学(デザイン学部4年前期集中)のキャンパス内外に場所と空間を設定し、それを組写真でプレゼンテーション、YouTubeにアップしようというもの。
smt(せんだいメディアテーク)において、竣工8年目の施設機能ヴァージョンアップ(いわゆる2.0)にあたって、槻橋修(東北工業大学/八百長バーの作者)さんたちがカフェを触媒にいろんなイベントが発生する装置を考えているのも、同じ動機。メディアと都市(コミュニケーション)のハブ(結節点)であるメディアテークを「カフェ」のキイワードでもういちど活性化させようということだろう。
ぼくはもうひとつ欲張って、これに公共アーカイブ(現代の図書館)の機能を重ねたいと思っている。確固たる結論や目標があるわけではないのだけれども、雑多な情報のハブとなっているYouTubeなどは、外国のカフェに入って見知らぬ人種がさまざまな言語を交わしているのを眺めているような気分になることからだ。
ムービー(音楽付き)が誰でも、つまり、ややこしくて高いソフトを買ったりしないで、どんなコンピュータでもウェブに気軽にアップ出来るようになった環境が得られるようになったことはうれしい。いわゆるDTP(デスクトップパブリッシング)が登場したときに、いよいよ出版がわが手中に、と期待したときの興奮を思い起こさせる(実際にはだれでも気軽に出版なんていう世の中はできなかった!)。DTPの経験とは逆に、コミュニケーションのネットワークやサーヴィスが草の根的に確立してしまったのが大きい(出版の世界はあいかわらず、大手出版社、取次ぎ、書店というクローズドサーキットを脱皮できていない)。というわけで、当面はYouTube(動画の巨大なアーカイブ)でいろいろな実験をしていこうと思っている。
ところで、カフェについてのさまざまな文献(もちろんアカデミックではない)が世の中にはたくさんある。ジャームッシュやチプリアーニ(ヴェネチアのハリーズバー当主)のビデオや本を楽しめるのも、このテーマのよいところ。